働きながら受ける年金:
在職老齢年金の仕組み
65歳を過ぎても意欲的に働き続けたいという高齢者が増える中で、就労収入と年金の関係を正しく理解しておくことは、現役時代の延長としてのキャリア設計に欠かせません。日本の制度には、働きながら厚生年金を受け取る際に、給与額に応じて年金が一部または全額支給停止になる「在職老齢年金」という仕組みがあります。
本ページでは、この制度が適用される条件や、近年の緩和措置、そして働き続けることで将来の年金がどう増えるのかについて解説します。年金がカットされる側面だけでなく、保険料の納付による将来の増額など、就労のメリットも含めて中立的な視点で整理します。
- 対象読者
- 60歳以降も働きながら年金を受給する方、そのご家族
- 関連制度
- 老齢厚生年金・高年齢雇用継続給付・在職定時改定
- 最終確認
- 2026年9月
在職老齢年金の 対象者と基本概念
厚生年金に加入して働く受給者に適用される、支給調整の基本的な考え方。
在職老齢年金は、厚生年金保険に加入しながら老齢厚生年金を受け取る人を対象とした制度です。70歳以上で加入義務がなくなっても、適用事業所に勤務している場合は引き続き対象となります。つまり、会社員として厚生年金の被保険者である間に老齢年金を受給するケースが、この制度の主な対象です。
ここで重要なのは、老齢基礎年金と老齢厚生年金の扱いの違いです。老齢基礎年金については、いくら給与所得があっても全額が支給されます。支給停止の対象となるのは、あくまで老齢厚生年金の部分だけです。これは国民年金部分と厚生年金部分とで、制度の設計思想が異なるためです。
したがって、「働いているから年金がすべて止まる」という理解は不正確です。基礎年金は手元に残り、厚生年金部分が給与水準に応じて調整される、という整理が正しい把握となります。
支給停止が始まる 基準額と計算のしくみ
年金がカットされるかどうかの基準は、月々の年金額(基本月額)と、給与・賞与を合計した「総報酬月額相当額」の合計で決まります。この合計額が50万円を超えると、超えた分の2分の1に相当する年金額が支給停止となります。
以前はこの基準がもっと低く設定されていましたが、就労意欲を削がないよう制度改正により一律50万円へと引き上げられました。基礎年金はこの調整の対象外です。
支給停止額の計算例
合計46万円。基準額50万円以下のため、年金は全額支給されます。働きながらでも年金がカットされることはありません。
合計58万円。50万円を8万円超過。超過分の半額、4万円が支給停止となり、年金受給額は14万円となります。
合計72万円。50万円を22万円超過。支給停止額は11万円となり、年金12万円が全額支給停止。ただし基礎年金部分は全額支給されます。
上記は制度の仕組みを示す概算例です。実際の計算では標準報酬月額や賞与の取扱いなど、より詳細な要素が関与します。
計算の対象となる 「収入」の範囲
ここでいう収入とは、毎月の給与だけでなく、直近1年間の賞与(ボーナス)を12で割った額も含まれます。この2つを合計したものが「総報酬月額相当額」と呼ばれ、基本月額(月々の年金額)との合計で50万円の基準を判定します。
一方で、在職老齢年金の計算に含まれない収入もあります。不動産収入、株式の配当金、個人年金の受給額などは、厚生年金の被保険者としての報酬ではないため対象外です。あくまで「厚生年金の対象となる働き方での収入」が基準となります。
計算に含まれる収入
- 毎月の給与(標準報酬月額)
- 直近1年間の賞与を月割りした額
- 厚生年金適用事業所での労働対価
計算に含まれない収入
- 不動産賃貸収入
- 株式の配当金・投資収入
- 個人年金の受給額
働きながら納める 保険料のメリット
厚生年金に加入して働き続けるということは、その期間も保険料を納め続けることを意味します。これにより、将来受け取る老齢厚生年金の額が増額されます。以前は退職時まで年金額は再計算されませんでしたが、現在は毎年、加入実績が年金額に反映される仕組みになっています。
つまり、在職老齢年金で一部がカットされていても、保険料を納付すること自体には将来の年金増額というメリットがあります。短期的な支給停止と長期的な増額の両面を考えることが大切です。
在職定時改定の仕組み(毎年10月)
65歳以上70歳未満の受給者が働きながら保険料を納めている場合、毎年9月1日を基準日として、前年9月から当年8月までの加入実績を10月分の年金から反映させる制度です。これにより、退職を待たずして、働き続けている効果をリアルタイムに近い形で実感できるようになりました。
基準日
加入実績の集計
年金額に
反映・改定
次年度の
実績を集計
毎年繰り返し
段階的に増額
70歳以降の働き方と年金
加入義務の終了と調整の継続厚生年金保険の加入義務は70歳までですが、70歳以降も厚生年金適用事業所で働く場合は「70歳以上の受給権者」として扱われます。
保険料の納付義務はなくなりますが、給与が高い場合には在職老齢年金の支給停止ルールは引き続き適用されます。つまり、70歳を超えても一定以上の高所得がある場合は、年金の一部カットが発生する可能性があります。
保険料を納めなくて済む一方で、支給停止の基準額は65歳以上と同様に50万円です。高所得を維持しながら働く場合には、70歳前後で年金の取り扱いがどう変わるかを確認しておきましょう。
雇用保険との調整
高年齢雇用継続給付と年金60歳から65歳未満の方が、賃金が大幅に下がった状態で働き続ける場合に雇用保険から支給される「高年齢雇用継続給付」を受けている間は、年金の一部がさらに停止される場合があります。これは年金と雇用保険の二重の給与を調整するための仕組みです。
ただし、現在は65歳以降の受給者にはこの調整は適用されないため、65歳以降の働き方への影響は限定的です。高年齢雇用継続給付の対象期間と年金受給開始時期が重なる場合にのみ注意が必要です。
繰下げ受給と 在職老齢年金の関係
年金の受給開始を遅らせる「繰下げ」を選んだ場合の注意点。
年金の受給を繰下げ(待機)している間に働いている場合、注意が必要です。もし65歳の時点で在職老齢年金のルールを適用した際に「支給停止」になるはずだった部分は、繰下げによる増額の対象外となります。
つまり、高所得のために全額支給停止の状態にある人が、年金を増やそうとして繰下げを選択しても、実際には増額されないケースがあるということです。繰下げによる増額率は、支給される見込みのある年金額に対して適用されます。
繰下げを選ぶ前に、自身の所得水準と在職老齢年金の支給停止見込を確認することが推奨されます。高所得状態での繰下げは、期待どおりの増額にならない可能性があります。
個人事業主やフリーランスの場合
在職老齢年金は、あくまで「厚生年金への加入(またはそれに準ずる働き方)」が条件です。したがって、個人事業主として働いたり、委託契約などで厚生年金の被保険者にならない形で収入を得たりする場合は、いくら所得があっても年金がカットされることはありません。
自身の働き方がどの制度に該当するかが、手元に残る金額に大きく影響します。会社員として厚生年金に加入するのか、独立して国民年金のみに加入するのかで、在職老齢年金の適用有無が変わります。
働き方別の在職老齢年金適用
- 会社員(厚生年金加入)
- 支給停止の対象。給与額に応じて老齢厚生年金が調整されます。
- 個人事業主・フリーランス
- 支給停止の対象外。所得があっても年金は全額支給されます。
- 70歳以上の就労者
- 保険料免除、ただし高所得時は支給停止ルールが継続適用。
就労継続の選択と生活設計
年金の支給停止を避けるために就労時間をセーブするか、それとも社会保険に加入して将来の増額と現役並みの収入を優先するか。これは単なる金額の比較だけでなく、健康維持や社会参画といった観点も含めた選択となります。
現在の制度は、以前よりも「働きながら年金を受け取る」ことのデメリットが少なくなっています。基準額の引き上げや在職定時改定により、就労による年金増額の効果を働いている期間中から実感できるようになりました。
自身の年齢、勤務形態、給与水準を踏まえ、最新の基準額をもとにプランを立てることが推奨されます。制度の改正は継続的に行われているため、定期的に確認することも大切です。
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