公的年金ハンドブック 公的年金ハンドブック 2026 EDITION

第07章 — 受給開始時期

受給開始時期の選択繰上げ・繰下げの仕組み

公的年金の受給開始は原則として65歳からですが、個人のライフプランや健康状態、資金計画に合わせて、受給時期を早めたり(繰上げ)、遅らせたり(繰下げ)することができます。この選択は、一度決めると生涯その増減率が適用されるため、極めて慎重な判断が求められます。

本ページでは、繰上げ・繰下げによる年金額の変化率や、それぞれのメリット・デメリット、そして選択する際の制度上のルールについて客観的に解説します。

読書灯に照らされた図書室の読書机

Plate 01 — 読書灯の下で選択を考える

§01

受給開始時期の選択肢

60歳から75歳まで

現在の制度では、希望すれば最短で60歳から、最長で75歳まで受給開始時期をずらすことが可能です。65歳を基準として、それより前に受け取ることを「繰上げ受給」、後に受け取ることを「繰下げ受給」と呼びます。

2022年4月の法改正により、繰下げの上限が70歳から75歳に引き上げられ、より幅広い選択が可能となりました。この改正により、長寿化に対応した柔軟な受給設計が制度上認められることになりました。

受給開始時期の範囲

60歳

繰上げ受給の最短開始年齢。最大24%減額(昭和37年4月1日以前生まれは30%)

−24%

65歳

標準的な受給開始年齢。増減率は適用されない基準点

±0%

75歳

繰下げ受給の最長開始年齢。最大84%増額

+84%

※減額率・増額率は生涯にわたり固定されます。上記は昭和37年4月2日以降生まれの方の率です。

§02 / 繰上げ

繰上げ受給の減額率

65歳より前に受給を開始する場合、1ヶ月早めるごとに0.4%(昭和37年4月1日以前生まれの方は0.5%)が減額されます。例えば、60歳から受給を開始すると最大で24%(同30%)の減額となります。

この減額された年金額は、65歳になった後も、その後の生涯にわたって変わりません。早く資金を確保できる一方で、長期的には受給総額が少なくなる可能性があります。

主な注意点

  • 一度繰上げ請求をすると取り消しができない
  • 事後重症による障害年金の請求ができなくなる場合がある
  • 寡婦年金が受け取れなくなる場合がある
  • 在職老齢年金により支給停止が発生する可能性がある

§03 / 繰下げ

繰下げ受給の増額率

65歳より後に受給を開始する場合、1ヶ月遅らせるごとに0.7%が増額されます。1年間(12ヶ月)遅らせると8.4%、上限の75歳まで遅らせると最大で84%もの増額となります。

この高い増額率も生涯維持されるため、長生きすればするほど、65歳で受け取り始めるよりも受給総額は大幅に増える計算となります。

繰下げの条件

老齢基礎年金と老齢厚生年金を別々に選択可能。例えば基礎年金は65歳から、厚生年金は70歳まで繰下げるといった柔軟な対応ができます。ただし65歳の時点で障害年金や遺族年金の受給権がある場合は、原則として繰下げの申し出ができない制約があります。

§04

損益分岐点の考え方

繰下げ受給を選択した場合、65歳から受給した累積額に追いつくまでの期間(損益分岐点)は、どの年齢から受給を開始しても、概ね受給開始から12年前後となります。

例えば70歳から受給を開始した場合、82歳を超えると65歳受給開始の総額を上回ります。平均余命が伸びている現代において、この分岐点をどう捉えるかが判断のポイントとなります。

分岐点は制度上の増減率に基づく数学的な目安であり、個人の健康状態や生活費、税・社会保険料の負担によって実質的な損益は変動します。

受給開始年齢と損益分岐点

65歳開始

基準

66歳開始

+8.4%

約78歳で追いつく

68歳開始

+25.2%

約80歳で追いつく

70歳開始

+42.0%

約82歳で追いつく

75歳開始

+84.0%

約87歳で追いつく

※増額率は月単位で計算され、上記は整数年での例示です。実際の増額率は請求月に応じて細かく異なります。

§05

待機期間中の資金計画

繰下げを選択している間(待機期間)は、年金の支給がありません。その間の生活費を預貯金や就労収入で賄うことができるか、あるいは加給年金や振替加算といった「上乗せ部分」も待機期間中は支給されないといった影響を十分にシミュレーションしておく必要があります。

加給年金は本人が繰下げている間は支給されないため、家族構成によっては注意が必要です。配偶者加給年金が見込める世帯では、待機中の家計への影響が大きくなる場合があります。

§06

税金と社会保険料への影響

年金額が増えると、それに伴って所得税や住民税、介護保険料、国民健康保険料などの負担も増える可能性があります。額面上の受給額は84%増えても、手取り額の増加幅はそれよりも小さくなることが一般的です。

自治体の制度や世帯状況によって異なるため、表面的な増額率だけでなく、実質的な収入増という視点での検討が推奨されます。65歳時点で厚生年金が要件を満たす方は、65歳から70歳未満の在職中は在職老齢年金の調整も受けます。

机の上に開かれた公文書の台帳

Plate 02 — 制度の記録を紐解く

§07

70歳以降の繰下げと一括受給

70歳を過ぎてから、繰下げを断念して過去の分をまとめて受け取ることも可能です。この場合、5年前の時点まで遡って、その当時の増額率を適用した年金を一括で受け取ることができます。

ただし、5年より前の分は時効により消滅してしまうため、70歳以降に受給を開始するか迷っている場合は、請求漏れがないよう注意が必要です。時効は5年で成立するため、請求を先送りにすればするほど失われる権利が大きくなります。

一括受給のポイント

  • 015年前まで遡って当時の増額率を適用した年金を一括受給できる
  • 025年より前の分は時効により消滅するため注意が必要
  • 03一括受給時の税務処理は、その年の雑所得として扱われる

§08

選択を保留するという考え方

65歳になった時点で必ずしも受給開始か繰下げかを決める必要はありません。65歳の誕生月に届く請求書を出さずに「待機」しておけば、後から「65歳に遡って受け取る(増額なし)」か「その時点の増額率で受給を開始する」かを選択できます。

自身の健康状態や経済状況の変化を見極めながら、柔軟に対応することが可能です。たとえば70歳到達時点で健康上の不安があれば一括で5年分を受給し、逆に元気であればそのまま75歳まで繰下げを続ける、といった判断も制度上は認められています。

ただし、待機中は年金収入がない期間が続くため、生活資金の確保手段を別途用意しておく必要があります。また、待機中に他の年金(遺族年金など)の受給権が発生した場合は、繰下げの制度上の制約に留意してください。

§09

繰上げ受給の主な注意点とリスク

制度上の制限と、生涯にわたる影響を整理する。

01

請求の取り消しができない

一度繰上げ請求を行うと、後から取り消して繰下げに変更することはできません。減額率が生涯固定されるため、長期的な受給総額への影響が最も大きい制限です。

02

障害年金との関係

繰上げ受給を開始した後に病気やけがで障害状態となった場合、事後重症による障害年金の請求ができなくなる場合があります。老齢年金と障害年金のどちらかを選ぶ必要があるため、健康不安がある場合は慎重に検討する必要があります。

03

寡婦年金の制限

繰上げ受給を選択した場合、寡婦年金が受け取れなくなる場合があります。配偶者の死亡時に見込んでいた受給額と実際の受給額に差が生じる可能性があるため、世帯全体の見通しを確認することが重要です。

04

在職老齢年金による支給停止

将来的に厚生年金に加入して働く場合、在職老齢年金の仕組みによって支給停止が発生する可能性があります。標準報酬月額と年金額の合計が一定額を超えると、年金が一部または全額停止されるため、働きながらの繰上げ受給は収入の見直しにつながります。

§10

繰下げ受給ができる条件

繰下げ受給は「老齢基礎年金」と「老齢厚生年金」を別々に選択することが可能です。例えば、基礎年金だけを65歳から受け取り、厚生年金だけを70歳まで繰下げるといった柔軟な対応ができます。

ただし、65歳の時点で障害年金や遺族年金などの他の受給権がある場合は、原則として繰下げの申し出ができないなどの制約があるため確認が必要です。また、65歳以降に受給権が発生した場合も、制度上の制限が設けられています。

基礎年金と厚生年金で異なる開始時期を選べることは、ライフプランの柔軟性を高める制度上の工夫です。ただし、それぞれの年金について個別に請求手続きが必要であり、手続きを忘れると自動的に65歳からの受給扱いになる点に注意してください。

繰下げ不可の主な条件

  • 65歳時点で障害年金の受給権がある
  • 65歳時点で遺族年金の受給権がある
  • 65歳以降に新たに受給権が発生した

※詳細な適用条件は日本年金機構の案内またはねんきんダイヤルで確認してください。

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